『亀陽泉千人風呂』。亀川中央町一二にあった浴場で亀陽泉の一時的な名称である。
昭和三年(一九二八)別府では中外産業博覧会がおこなわれた。この年亀川では亀陽泉の改築を意向し、豊島証六に設計を委嘱、入札によって請負人をきめた。
落札者は豊島安馬・島末新一・三ケ尻嘉次郎などであったが、工事には豊島証六も加わり四名によって完成した(亀川中央町豊島証六氏談)。
何しろ壮大な浴場であったため、「亀川の千人風呂」として広く知られ、内外の浴客が多数訪れた。戦後になって改築され、千人風呂の名は消えた。(亀陽泉)
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場 所